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大阪高等裁判所 昭和61年(け)5号 決定 1986年9月19日

主文

本件異議申立を棄却する。

理由

本件異議申立の趣意は、申立人提出の「保釈保証金(没取)一部返却願申立書」と題する書面記載のとおりであるから、これを引用する。(保釈保証金(没取)一部返却願申立というが、抗告に代わる異議の申立をしたものと認める。)

所論は要するに、原裁判所は、「保釈保証金一五〇万円のうち、弁護人里見和夫の保証書による五〇万円を除いた金一〇〇万円を没取する」旨の決定をしたが、右保釈保証金は知人を介して高利貸から借りるなどして集めた金員で、その貸主から申立人の前妻に対してまでも厳しい取立てがなされているので、その借金を返済して妻子を安心させたうえで服役したいので、原決定を取り消し、保釈保証金の一部は返却されるべきである、というものと解される。

そこで、本件記録を調査すると、次のような事実が認められる。すなわち、申立人は、昭和六〇年七月二〇日詐欺の被疑事実で逮捕され、引続き勾留されたうえ、同事実につき大阪地方裁判所に起訴され、その後二回にわたって追起訴された詐欺被告事件と併合され、身柄拘束のまま審理を受け、同年一一月二〇日に判決言渡しを受けたが、同年一二月四日控訴申立をしたので、同事件は大阪高等裁判所第六刑事部に係属した。そして、その第一回公判期日前である昭和六一年二月一七日弁護人から、申立人の腰痛症につき手術の必要があり、父母の七回忌を主宰する必要もあることを理由として保釈請求がなされたが、右請求は同月一九日却下された。しかし、弁護人は同月二七日に腰痛症で早急に手術をする必要があることを理由に、再度保釈請求をしたが、これも同年三月五日却下された。そして、三月一四日の第一回公判期日後、重ねて弁護人から椎間板ヘルニヤ及び脊髄膓瘍により早急に手術の必要があることを理由として保釈請求及び勾留の執行停止の申出がなされ、弁護人のほか、実弟A、義妹B子、知人C、友人Dの名義の身柄引受書が提出され、弁護人からは、その顧問先の田仲北野病院に病室が確保されている旨の書面も併せて提出されたので、同裁判所においては大阪拘置所宛に申立人の病状照会をしたところ、その回答は、申立人には先天的に腰仙移行椎により加令的に根性腰痛症の増強が認められ、直ちにということではないが、できるだけ早期に手術することが望ましい、ということであったので、三月二四日、保釈保証金額を一五〇万円とし、制限住居を実弟方として保釈許可決定がなされ、同月二五日弁護人から現金一五〇万円が納付されたので同日申立人は釈放された。そして、同日弁護人から、保釈保証金一五〇万円のうち、五〇万円を弁護人の保証書をもって代えることの許可申出があり、原裁判所は同月二六日これを許可する決定をしたので、同日五〇万円は弁護人に返還された。ところが、申立人は同年四月二三日の第二回公判期日に出頭せず、同期日において弁護人から、「被告人の所在に関する上申書」が提出されたが、それによれば、弁護人は、同年三月二四日保釈保証金一五〇万円で保釈許可決定がなされたことを申立人及びその実弟Aに伝えたところ、同人から、保釈保証金として準備する予定の一五〇万円は、高利の金を借り入れることにより調達する予定であったが、貸主の意向が変わり、借入れができなくなったとの連絡があり、申立人からは、さきに被害弁償金に当てるため弁護人に預けてあった八〇万円を一時保釈保証金に充当し、不足分は弁護人において立て替えて欲しい旨の懇請があったので、弁護人としては、申立人の病状が悪化しており、保釈許可になったのは右病状を考慮されたことによるのであるから一日も早く手術を受けさせるため、不足分七〇万円を立て替えて合計一五〇万円を一旦納付したうえ、同月二六日一五〇万円のうち金五〇万円については弁護人の保証書をもって代えることの許可を得て、同日五〇万円については還付を受けた。そして、申立人は国立大阪病院に入院することはできなかったので、同月二七日以前入院治療を受けたことのある京都の武田病院において検査を受け、翌二八日に入院することになった旨弁護人に報告に来たものの、同人は所持金がないとのことであったので弁護人は二〇万円を申立人に貸したが、翌二八日申立人は、入院治療費がないので手術を断念し、拘置所に戻ると言って来たので、弁護人は更に三〇万円を申立人に貸し付けたところ、同人は武田病院への入院を解約し、その後は弁護人に二度電話連絡があったのみで、その所在も確認できない、というものである。その後、大阪高等検察庁検事から、同年五月一日付で、「保釈中の被告人の所在調査結果について(通知)」と題する書面が原裁判所に提出されたが、それによれば、身柄引受人となったDは申立人に金の工面をしてやったが、同人からは二度電話があったのみで、その所在は知らない、ということであり、また浪速署巡査の調査によれば、実弟Aの住居地であるとして、制限住居地とされた場所及びその付近に実弟は居住しておらず、したがって申立人も右住居地には居住していないことが判明し、更に武田病院にも同年三月二七日の初診後は通院していない、というものである。以上のような経緯から、原裁判所は、同年五月二日、被告人が住居制限の条件に違反したものとして、職権により刑事訴訟法九六条一項五号、二項により保釈許可決定を取り消し、保釈保証金一五〇万円のうち、弁護人里見和夫の保証書による五〇万円を除く一〇〇万円を没取する旨の決定をした。そして、同月七日原裁判所において、本案につき控訴棄却の判決がなされ、右判決は同月二二日確定し、同年七月一七日申立人に対する刑の執行が開始され、また、没取された保釈保証金一〇〇万円は、同年五月二〇日国庫の歳入に組み入れられた。

以上の事実が認められる。

右の事実によれば、申立人が保釈条件である裁判所の定めた住居制限に違反したものであることが明白であり、原決定がなされるまでの経緯、事情等に徴すると、所論指摘のように保証金として提出した金員が高利の借入金であったとしても、また、所論の家庭の事情等を十分にしん酌しても、原決定が保証金一五〇万円のうち、弁護人の保証書による五〇万円を除く一〇〇万円を没取したことをもって裁量の範囲を逸脱した不当なものとは考えられない。所論は理由がない。

よって、刑事訴訟法四二八条三項、四二六条一項後段により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 尾鼻輝次 裁判官 木村幸男 近藤道夫)

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